| タイトル | 著者 | ページ |
| はじめに | | |
| 人間は物語を必要としている?/人間は不可避的にストーリーを合成してしまう/『人はなぜ物語を求めるのか』 | | |
| 第1章 人間は派手なできごとが好き? | | |
| 1 犬が人を嚙むか、人が犬を嚙むか | | |
| 人が犬を嚙んだらニュースになる?/外的要点-なぜ「その」ストーリーを語るのか?/人が犬を嚙むストーリーを語る理由 | | |
| 2 珍しいできごとと、けしからぬできごと | | |
| 報告価値とは、通常の意味の「価値」ではない/中居正広さんと<紀州のドン・ファン>夫人/報告価値は意識的判断の問題ではなく、ミームの問題?/蓋然性の公準からの逸脱/現象が報告価値を持つかどうかは、人が置かれた状況によって違う/報告価値=確率の低さ(情報量)+意味づけ可能性?/道徳規範、その他の規範からの逸脱 | | |
| 第2章 それ、ほんとの話? | | |
| 1 ストーリーには、派手なできごとさえあればいいのか? | | |
| 受信者が好むと好まざるとにかかわらず、受信者にアピールする型のニュース/個人的な意志あるいは意識とは無関係に、情報として取りこまれやすいできごと/「ひどい話」情報が人を動かすのはどういうときか/フィクションには「ほんとうらしいこと」が必要、という説/「実話」になにを期待し、「フィクション」になにを期待するか/人はフィクションのストーリー展開に「必然性」を求めがち | | |
| 2 架空の人がピンチに陥っても、笑う気にはならない | | |
| 古典主義の理想は形を変えて受け継がれる/列挙されたのはどういう事件か/極端なできごとを語るだけでは、読者は納得しない/「珍しい実話」としての都市伝説 | | |
| 3 事実は小説よりも奇なり? | | |
| 実話とフィクションにたいする、僕らの態度の違い/ドン・ファン? ドン・フアン?/「真実は小説よりも奇なり」(バイロン卿)/「真実は小説よりも奇なり」、マーク・トウェインのヴァージョン | | |
| 4 フィクションとノンフィクションの違いは? | | |
| 「虚構と現実」は贋のカップル/フィクションは社会的な約束ごとのうえに成立している/噓と間違いとフィクションの違い/噓をフィクションと呼んでしまう人/フィクション? ノンフィクション?/発信者の意図は確証できない/『ポルトガル文』は小説か?/フィクションとは近代的な約定である/フィクションの背後に事実を求める | | |
| 第3章 僕たちの人生に必然性はあるのか? | | |
| 1 人は現実にも必然性を要求してしまうことがある | | |
| フィクションだけでなく、予測や反実仮想にも必然性が要求される/必然性と説得力 | | |
| 2 できごとの意味づけ・必然性・因果関係と報告価値 | | |
| 偶然vs.必然/偶然と因果関係/ネルヴァル『オーレリア』の<私>/トゥルニエ『魔王』とバラード『太陽の帝国』/幻想文学の汎決定論における必然性と因果/関空閉鎖で、海外に足留めを喰らいました/異なった因果系が偶然クロスしてしまう | | |
| 3 僕がこうしたら、まさにそのとき、世界がこうなった | | |
| 小説は自転車レースなのか? そして人生は?/「まさにそのとき」は魔法の呪文/人生を必然性で物語化する危険 | | |
| 第4章 人生に本筋はあるのか | | |
| 1 人は話の「本題」「本筋」を自動的に決めている | | |
| そもそも、この本の本筋って?/「本筋」と「脇道」、「図」と「地」/アルフォンス・アレ「テンプル騎士団員たち」/脇道に見えたのが本筋だった/さて、僕たちの人生の「本筋」はどれ? | | |
| 2 さて、この本の要点は? あなたの人生の教訓は? | | |
| 人生に「要点」とか「教訓」はあるのか?/群盲象を撫でる/話の「要点」とか「教訓」って、どこにあるの?/事件をストーリーにするのが捜査である/「そういう話じゃないでしょ!」と言えるか/さて、僕らの人生の「本筋」はどれ? | | |
| 第5章 自分の動機を自分は知らない | | |
| 1 実話における偶然 | | |
| 自分の行動の動機を、自分は知らない、ということ/意外な第一発見者/両親を殺害しようと思ったが…/『魔王』と『生ける屍の結末』/『異邦人』と『生ける屍の結末』/偶然は、<人生脚本>の書き直し要求をつきつけることがある | | |
| 2 わかったときには、「意味のあるストーリー」の形にしている | | |
| 自分の行動の動機説明が、<自分の本当の心象風景からズレている>ことがある/自分の行動の動機の説明は変わりうる/動機説明の困難は、だれにでも起こりうる/理解の背後に控える「一般論」/すべての説明は「暫定的なストーリー」である/感情は「私のもの」である以前に「自然現象」である | | |
| 3 <心の穴>はいつできる? | | |
| <心の穴>とはなにか/社会を覆う<子育て神話>/<子育て神話>のストーリー | | |
| 第6章 ライフストーリーの構築戦略 | | |
| 1 脚本のレパートリーにないことが起こると、人間はフリーズすることがある | | |
| 「自分がなにをやったかをわかっている」とはどういうことか/意味づけることができないと、「なにが起こったか」が理解できない/僕が祖父母の家に行かなくなったこと/僕が祖父母の家で体験したこと/ふたつのできごとは繫がるのか?/なぜ僕は祖母の行為を加害行為として意味づけることができなかったのか?/僕の<頭>と僕の<体>との乖離/ | | |
| 2 ストーリーは、特定の立場から見たストーリーにすぎない | | |
| 自分の動機を、長いあいだ自分でも説明できませんでした/性暴力としての意味づけが遅れた理由/いま、世界の一部の人たちの「世界観」「手持ちのストーリー」が変わりつつある/ストーリーはできごとの経過それ自体ではなく、経過を特定のアングルから意味づけた結果/「親切」と「暴力」は両立しうる/被害者は、べつの場所で加害者でありうる | | |
| 3 人に罪悪感を抱かせようとするシステムからはすぐに逃げろ | | |
| 疚しさから逃げること/罪悪感、自責の念、疚しさ、後ろめたさ、申しわけなさを抱かせるシステム/どういうストーリーで、自分の体験を把握するか/ライフストーリーの四つの型/ネガティヴ感情に執着する不健康/自分の被害感情を宥めることができるのは、最終的には自分でしかない/単一のストーリーに縛られると、自分やだれかを責めてしまう | | |
| 補説 物語とストーリー、そして表現の責任 | | |
| ストーリーはできごとの継起が脳内に表象されたもの/ストーリーはできごとの継起に勝手に意味を与える/物語はできごとの報告/人は物語に教訓(一般論)を読み取ってしまう/「炎上」の理由/コンテンツ制作者は現代の語り部 | | |
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| あとがき | | |